うさぎとかめ

「うさぎとかめ」のお話。
私はそのお話は、
「こつこつとがんばっていれば達成できる」
を教えてくれる話というふうに理解していた。
どっちかというと、かめの方がえらくて、うさぎはだめ。
そんな認識でいた。

でも、今改めて読んでみると、違う。

疲れたからって、自分のココロの声、カラダの声に従って
しっかり休みをとることができた。
ずっとかめタイプがいいと思って過ごしてきた私は、
今になってうさぎのその行動の素敵さがわかった。

私が持ってきた価値観、常識というものを子供たちは
違う見方もあるよって教えてくれた。

子供たちに絵本を読んでいるとよくわかる。
注目する絵も違うし、読んだ後に残った部分や、感じることもみんな違う。

うさぎでもいいし、かめでもいい。
何ならお話の中に出てきた道に生えてる草でも、木でもいい。

アリとキリギリスもそう。
将来に備えてこつこつ働くアリのような生き方のが困らない。
そんな風に思ってた。

でも今は違う。

キリギリスのように、その時を歌って踊って楽しんでいる姿が素敵だと思った。

こういうお話ひとつとっても、大人の価値観をすぐ子供に与えていくことで、
子供は自分の価値観がどれだったのかわからなくなっていくんじゃないかな。
こういうものだよって一方的に教えていくことで、
それぞれの感じ方を認め合う機会がなくなっていく。

親が思っているあるべき姿というのは
気づかない間に行動の強要となってることがある。

あいさつが大事だからって、
子供にあいさつを強要させるのも何かちがう。

あいさつ運動といってあいさつをさせようとするのも何か不思議な感じがする。
あいさつをしたくない気分の日だってあるはず。
あいさつをするのに、とても緊張する人だっているはず。
毎日あいさつしていた子が、あいさつをしなかった日があったことによって、
今日は元気がないのかな?って気づくこともあると思う。
でもそれをあいさつをするという行動をすることが目的となっていたら、
その気持ちに気づくことはできないと思う。

ひとつの価値観からだけで、行動を決めてしまっていると、
そしてその行動を強制的にやらせていると、
子供の気持ちに気づかない、そんなことはたくさんある。

一人の人間の中にだって、うさぎでいたいとき、かめでいたいとき、
アリになりたいとき、キリギリスになりたいときがある。
ほんとはうさぎでいたいのに、かめでいる人だっている。

色んなタイプがあるし、タイプがあっても、
その日の気分でいろいろ変わる。

どんな状態でも、どんなタイプでも受け入れられる社会になると嬉しい。

私はまずは自分自身を受け入れることから始めた。
そうすると、子供たちのこともそのまま受け入れられる。

子供たちの状態が受け入れられない時は、
だいたい自分自身を受け入れられない何かがあるとき。

うさぎもかめも、それぞれでいいじゃんと思う。

私は小さい時うさぎとかめを飼っていた。
かめがのろまというのも、実は違う。
彼らは実はとても速い動きをする。
水槽掃除の間に、目を離すとどこかに行ってしまって
探すのに苦労したことは何度もある。

自分の常識や固定観念が、見える世界をせまくしてしまうのはよくあること。

たけさんのお母さんからショックを受けた電話から一晩経過。
昨日は一日、思う存分泣かせてもらった。
いろんな気持ちを味わった。
私の中の、子供の前で泣いてはいけない、という価値観はなくなった。
しっかり泣いたらすっきりした。
泣いている理由も感情も子供たちに伝えた。

たけさんのお母さんはお母さんの考えがある。
それはそれ。
でも、私はその価値観は選択しない。

そして、できる行動をしてくのみ。
あの電話のおかげで
何かがひっかかってできなかった行動をやろうと思った。

勇気をもって、自分の意見を伝えていこう。

そう思えるようになった。

次電話かかってきたら、しっかりお母さんにも伝えようと思う。

学校に無理やり連れていくことはしません。
でも、私の気持ちにそって行動できることはしていきます。
子供たちから私は学び続けていくと思います。
その姿を子供たちにみせていきます。
子供たちの今、この時を認めてあげてほしいです。
納得も理解もできないかもしれないですが、
応援よろしくお願いします。

そんな風に伝えようかなと思う。

お母さんの心配という愛情を拒否した昨日。
一晩たって、愛情は受け取ろうと思った。

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