変わりゆくものを変わりゆくものとして認識する。エックハルトトール。

エックハルトさんのサイトより。

形あるものと自分をもう同化しなくなると、意識は(意識とはあなたのことですが)形という牢獄からか解放されます。

この自由は、内側にある空間から静寂やなんとも言えない安らぎとしてやってきます。

どんなにつらい時にもです。

つらいこともすぐに過ぎ去っていくものです。

突然、出来事のまわりに空間が生まれます。

アップダウンする感情のまわりにも空間は生まれます。

痛みの周りにもです。

そして何よりも、あなたの思考の周りに空間が生まれます。

そして、その空間からこの世界のものではない平安が発散されます。

この世界に属するものは全て形あるものですが、平安は空間から生まれるものです。

これが神の平安です。

この世界の物事にはもともと重要性といった意味合いはありませんが、空間から平安が生まれると、あなたはこの世界の物事に意味づけをせずに楽しめるようになります。

そして、あなたは創造のダンスに参加できるようになります。

結果に執着せず世界に理不尽な要求をせずに積極的になることができます。

理不尽な要求とは、「私を満たして」「私を幸せにして」「安全を感じさせて」「私は一体何者なのか教えて」といったものです。

世界はあなたにそのようなことを教えてくれたりはしませんが、あなたがそのような思いを持たなくなったとき、全て自分自身が作り上げていた苦悩は終わりを迎えます。

そのような苦悩全ては形あるものに対して意味を付けすぎていることから起こります。

今ここに常にある空間に気づいていないと、意味付けをしてしまいます。

あなたの生活の中にそのような空間があるとき、あなたは自分自身を失うことなく、物事や体験に執着することなく、つまり、世界に病みつきになることなく、人生を楽しむことが出来るようになります。

「悪いこともすぐに過ぎ去ります」という言葉は、形あるものは全て変わりゆくという現実のことを示唆しています。

それはつまり永遠を指し示してもいます。

あなたの中にある永遠性だけが、変わりゆくものを変わりゆくものとして気づかせてくれることができます。