「間違いだらけの学校体育 第2弾」に行ってきました。

昨日は名古屋に行って、
現役の先生でありながら、今の学校のシステムに違う!!と発信をしている先生の話を聞いてきました。
「まちがいだらけの学校体育 第2弾」
1回目も参加したけど、教育制度のことや、日本人の体の使い方、江戸時代の子供の楽園の話、
びっくりするような話がたくさん出てきました。技術ばかりで体の使い方を伝えていない体育。

カラダの潜在能力にアプローチするために、身体をゆるめる簡単な方法のワークもあったり。

今回は部活動の話や、今の学校教育体制はリスクを負う覚悟や勇気を奪ってしまっていること
主体性と自主性の違い。固定担任制への疑問、国レベルの上位目標の合意形成が必要なこと、

対話をすることに慣れていないこと、などなどなどなど。今回も盛りだくさん。

自分の子育ての経過も、リスクを負う覚悟や勇気がなくて、自主性を奪ってたなと思うこと、たくさんあった。

実際くうちゃんが不登校になってから、学校制度に疑問をもったり、イエナプラン教育、
モンテッソーリ教育やサドベリースクールのことなど、

教育方法や色々なフリースクールの取り組みを調べたりして、

その方法を家庭で生かそうとしてた時期もあった。

最初は、あの先生じゃなくて違う先生だったら違ったかもな~と思ってみたり、
こういう教育制度じゃなければなと思って、学校選びを考えてみたりしてた。
その中で総合学習に取り組んでいる学校の学区の親がほとんど子供を塾に通わせていることも知った。
担任の先生の当たりはずれから、学校の当たりはずれをみてるみたいな。
地域と学校でもずれがある。地域と国とでもずれがある。
上位目標の合意形成、確かに必要だと思った。

でも、外の環境に求めすぎると、外に外に気持ちが向いていく。
自分のことが他人責任になっていく。

やっぱり自分に戻ってくる。

どう生きたいのか、どう在りたいのか。
どんなライフスタイルがいいのか。
そこがしっかりしていれば、どんな場所でも自分は出せる。

くうちゃんは、不登園、不登校、自閉症という状況を私にプレゼントしてくれて、
私の生き方、在り方を問いかけてきてくれてた。

自分の本音で本心で生きる、自分の内側から生きる。
その自分の表現方法が、スポーツであったり、勉強だったり、音楽だったり、絵を描くことだったり
色々あるよってことなのかなと思う。
子供たちがありのままの自分を自由に表現できる場が、学校であってほしと思う。

何とか今のシステムに風穴を開けようとがんばってる先生たち、心から応援していますおねがい

今日は駒ケ根市市長選。
今までどこか他人事だった選挙。

不登校を通じて感じたこと、学校制度のことで思ったことを伝えたくて、

候補の人の話を直接聞きにいって、意見も言ってきた。
今回はとっても気になる選挙です。

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