成長曲線や発達検査

子供が生まれると渡される母子手帳。その後ろの方には成長曲線があって、
発達全般が遅かったくうちゃんは、生後5か月で受診を勧められ、その後も
発語、全身の動き、もろもろで発達の遅さから指摘をされることが多かったショボーン

個人差だっていうので納得しようとするけど、そうもいかないのが当事者。
不登校になる前は、お隣さんのお子さんが学校に行けなかったって話を聞いても、

学校に行かないのも大事な時期だし、人それぞれだよって思ってたけど、
当事者になったらそうもいかない、複雑な気持ちがわんさか出てくるえーん

5歳の時にと小学校1年生の時に、くうちゃんは発達検査を受けた。
5歳の説明では、こことここの数字の開きが20以上あると生活しにくいって言われています、

とか、でこぼこがかなりありますね、とかそんな感じ。集団に入っていくには配慮が必要だって。
環境を整えてあげないと苦しいですねって。
この時までは、まだまだ成長曲線や発達検査は、

遅れているところや生きにくさをみつけるもの、ダメなところを探しているみたいで、いい気分ではなかった。

1年生の時に受けたときは、ワーキングメモリがこれだけあって、処理能力がこれだけ遅くて。
だから学校の勉強では書かせることはやめましょう。本人の得意分野が生かせません。
言葉の概念化がまだ難しいから、「学校にいる小さな生き物の話をおうちの人に伝えましょう」

っていう文章があったとしたら、くうちゃんの場合、

小さな生き物って何センチくらいを小さいというの?
学校にいるって学校のどこの場所にいる生き物をみればいいの?
おうちの人っていうのは、いつも一緒にいる家族のことなのか、家に来たお客さんに伝えたらいいのか?
など疑問だらけになってます。
疑問だらけでも雰囲気でつかむイメージ力はあるので、できてしまうけど、納得いかないことばかりです。
こんな風に具体的な説明をしてもらって、学校とやりとりをしたことを覚えています。

1年生のときの説明はくうちゃんの世界を知れたからよかった。
実際、タブレット学習を始めてみたら楽しさを感じれたのもありがたかった。
でも、学力向上のためって感じもして、どう生活に結び付けていったらいいのかはわかりにくかった。

そして今も残る疑問は、結局大多数と比べて、どういう状況かってところをみる必要があるのかなってこと。

自閉症とかの診断も、私にとってはどうでもいい。
きっとくうちゃん本人にとったら本当にどうでもいいことだったと思います。

苦しい原因はこの病気があるからだって安心する場合もあるけど、
周りに合わせる必要なくて、自分の世界を思う存分に楽しめていたら苦しくならなかったんじゃないかと思う。

それじゃあ社会に出てから困るよって言われたけど、ホントにそう?
私は周りに合わせてばかりいて、自分の意思や本音で動くことが全くできなくなってた。
自分がなんなのか、何がしたいのか、何が好きなのか、そんなことすらわからなくなって、自分の意見なんてなくなってた。

成長曲線はみんなそれぞれ違う。一人ひとりみんな違う。だから平均とか全体の基準でみようとすること自体無理がある。
大人が手を加えて階段飛ばしをさせてしまうような訓練ではなく、
個人の曲線をみつけて、その子が決めてきた発達の速度で、自分のちからで階段を上っていける
そんな手助けがあったら嬉しい。

学校では、自分を生きることができる方法を教えてくれたらいいな。
自分を知ることや、自分の力を最大限に発揮できる方法とか、宇宙の力を上手に使える方法とか、
そして、自分って本当に素晴らしい存在なんだよって、それを疑う余地もでないくらい、

子供たちに愛を伝える場所であったら嬉しい。

愛することに条件なんていらない。
私たち、常に100点満点照れ自分が愛そのもの。

これ、くうちゃんから学んだとっても大事なこと。
沢山の人に愛が伝わったら嬉しいなラブラブ

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