私の中でひとりぼっちでいた私

今朝夢の中で、私が生徒になっていた。
講義を受けて、生徒である私が言った一言。
「私も学校行きたかった」
目が覚めた。
泣けてきた。

親として、みんなと同じように参観したかった。そんな気持ちがあふれ出た。

まだ、つらかった時期の私は一人でがんばったまま、私の心の中でひとりぼっちになっていたみたい。

付き添いをしてたから、子供のイベントごとは全部先生に事前に情報をもらって予習までして、他の子よりも少しわかってる状態で
不器用なくうちゃんが最初からつまずかないようにフォローしてた。
運動会の流れも種目の一個一個も、リズムの振り付けも全部把握して、子供の司会の言葉まで覚えて一緒に練習して、
とにかく必死で支えようとがんばったくうちゃんの年長時代。
運動会当日は、多分子供以上に緊張していたんじゃないかと思う。
途中で親子競技で私と転んで、気持ちが折れて、泣きじゃくって荒れてたくうちゃんのそばに行きたかったけど、
親でない大人との関係性や、自分自身の力で立ち直ることをしていた時期だったから、ぐっとこらえて離れて見守った。
年中の劇では、なんとか幼稚園に足を運ぶことができていた時代。劇や合奏の練習は参加できなかったけど、
幕をあけるという役割をもらって、私ひとり園児と一緒に裏にいて、幕の開け閉めを手伝う。
その時のDVD作成に、最後に幕開け担当でくうちゃんの名前を入れていいかと聞かれて、嬉しいような嬉しくないような気持ちを抱いた。
私が経験している子供行事は、裏側を全部知っていたり、一緒に準備に関わってきたものばかり。

そして小さいながらこの経過を肌で感じてきた、次男のちーぼー。
運動会もお楽しみ会も、「さとこちゃんのためにがんばるの」そう言って出かけてたことに嬉しさもあったけど、
申し訳なさと違和感が残った。
他のママさんが、学校行事の話をしていたりすると感じていた孤独感。
孤独感の原因は、私の中にさみしがってる私がいたからかな。
出し切ったつもりでいたけど、まだまだ残ってたんだね。
大丈夫、ひとりじゃないよ。
どんな状態の私も、私の大事な私自身だもん。
ほんと、よくがんばったね。しんどかったね。その時の私自身がいてくれるから、今の私が在る。
自分自身、しっかり抱きしめてあげよ。

今の私、しんどくて精神的にも身体的にも荒れていたくうちゃんではなくて、
毎日のんびりしたくうちゃんと過ごしてるよ。
時々顔を出す、収入大丈夫かなの不安も、「まあそんなこと気にせず、お茶でも飲んでのんびりしなよ」って
態度で示してくれるくうちゃんに支えられて生活してるよ。

つらくてしんどかった時代の私を、今の私が手を引いて、こたつで一緒にのんびりお茶を飲む。
今日はそんな朝でスタートですお茶

あ~、久々に鼻水たらしながら泣けたなぁ照れ

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