対話

毎週金曜日になると、学校のお便りを持って担任の先生か、支援級の先生がうちに来てくれる。
今年から担任になった先生に、

4月の家庭訪問の時、学校へ行けるようになることはゴールにはしていません。

あえて行かない選択をしましたってことは伝えてあったけど、

2学期終わっても学校へは歯科検診の時と、お蚕様を育てる桑の葉をとりに行っただけ。

3年生が終わろうとしているのに一度もクラスに入ったことのない状況に

先生がしびれをきらしているのを感じる。

「そろそろ少しでもいいからクラスのみんなの顔見に来なよ~」って先生が言うようになった。

先週はクラスのみんなが黒板の前で、「くうちゃん一緒に遊ぼ~待ってるよー!!」って

手を振っているビデオレターを持ってきてくれた。
以前の私なら嬉しいんだか悲しいんだか、複雑な心境になって泣いていたもの。
今は、この子も大きくなったな~ってそれぞれの成長を見て楽しませてもらった感じ。

明らかに先生との方向性がズレているのを感じる。

もう一度学校の先生にしっかり我が家のスタンスを伝えなおさないと、
先生も大変になっちゃうかなと思った。先生が望んでいる結果にうちは向いていないから。
同時に思ったこと。

くうちゃんという存在を通して大人の私が生き方を変えてもらったこと。

くうちゃんの特性のこと。

自分の心の声を大事にすること。
何ができるとか、できないとか関係なく、みんな素敵な存在なんだってこと。
そういったことを学校にいる子供たちに伝えにいこうかなって。

できれば校長先生や教頭先生、いろんな先生たちにも伝えたい。
そんなことを感じた。
だからまず、くうちゃんのクラスの子達から伝えにいきたいって先生にお願いしてみよう乙女のトキメキ

全国どこにでも、くうちゃんから教わった生き方、伝えにいきたいと思うので、
よかったら連絡くださいね。

毎週訪問に来てくれる先生が、どれだけくうちゃんのことを真剣に考えてくれてるかはよくわかる。

先生の行動の方向性は、うちの行動の方向性とは違うけど、

先生の中にあるくうちゃんへの愛情はしっかり受け取った。

自分の考えや立ち位置を説明、説得しようとすると、対立が起こることもあると思う。

でも、自分と共鳴する音が絶対相手にもあるはず。

その部分が共通認識できれば対話は少しずつだったとしても確実に進んでいくと思う。

そして私が今、私の中から相手の中に共鳴してほしい音。
それは、「自分は素敵で、かけがえのない存在。」ってこと。
今まで自動筆記と言う与えられた能力から、その言葉は何度も出てきてたけど、
やっと最近になって心底自分もそう思えるようになったラブ
合わないと感じる部分があっても、みんな素敵な存在なの照れ

誰かと対話をするには、丁寧に丁寧に自分とむきあっていくこと。これ、やっぱり欠かせない。
「むかつく!!そこ全然合わない!!」って思うことももちろんあるけど、
自分のことを好きになったら、自分の中の「こうあるべき」が、ただ「私はこうしたい」に変わった。
私の中に相手が入ってくる空間ができた。
その空間が対話するときって、お互いに必要なんだと思う。

いろんな音、いろんな色が混ざって楽しいじゃん音譜

だって、もともと私も相手も、同じ存在照れ

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