NES駒ヶ根|がんばりの方向

ちーぼーの運動会があって、くうちゃんの運動会も思い出しました。
くうちゃんは予習が大事ってことで、夏休み明けてから、他の園児より早めに
運動会で踊る曲を聞かせたり、みんなで一緒に練習する前に自宅で少し練習をする、
そんなこともしてたなと。
くうちゃんは運動が本当に苦手。
苦手というレベルではなく、本当に筋肉のつながりの弱さと、関節のゆるさがありました。
訓練しなくても普通にできていくことが、くうちゃんはなかなかできなかった。
例えば両足をそろえてジャンプするとか。スプーンを握るとか。

幼稚園に通っていた時には、周りとの比較をして、できない=ダメと認識されてきたところを、

他の子たちと比べてできるできないの比較ではなく、自分自身の中の成長をみられるようにと

年長で転園した保育園の運動会ではそこを重視してきました。
あとは今までのの経過と、小学校入学に向けてというところから、気持ちの切り替えを図るのが段々と

母親ではなく、自分の中でできるようにという働きかけをしていました。
4月転園当初は保育園にいられて15分、私にべったりだったのが、

このころには少しずつ私との距離もできて、友達と過ごすこともできてきていました。
そんな状況なので、もう最初っから、くうちゃんが司会の言葉をいっただけで泣けてくる(笑)
調子よく運動会プログラムをこなす中、親子競技の帽子取りで私と一緒に転倒し、気分最悪。
そこを立て直してからの、年長さんの大きな旗を全員で操るリズム競技。
荒れてやる気をなくしたくうちゃんを何とか立て直そうとしてくれている担任の先生。
園長先生に、「私、今出て行かないほうがいいですよね」とくうちゃんを抱きしめてあげたい気持ちを抑えて見守ったこと。
ちーぼーは運動会の練習は保育園のみで完結していたので、
くうちゃんはこんなに細かい配慮をしていたんだなと、思い返すと本当にがんばったなと思います。

でも、今思うと、くうちゃんも私も一体何に対してがんばっていたんだろう・・・
くうちゃんは自分のためにがんばってたんだろうか。
結局、周りのためにがんばってたんじゃないだろうか。
やりきったという達成感はあったかもしれないけど、集団生活に入っていけたのかもしれないけど、
小学校入学に向けてはかなりステップアップできた出来事だったと思うけど・・・

気が付くと人のために自分を差し置いてがんばってることってたくさんある。
自分が心底やりたいことをやっているときの子供って疲れを知らない。
周りのためにがんばってるときって、とっても疲れる。見返りも期待する。

がんばりの方向性を周りでなく、内側に向けたとき、それは今までのがんばりとは違うものになる。
やっていて楽しくて、時間を忘れる、そんな状況になるんだと思う。
子供たちには思う存分そんな時間を過ごしてもらいたいな。
そして私もそうしようニコニコ

Facebookページ「いいね!」

フォローする

シェアする