「僕はだいぶ前からひきこもりだけどね」

コロナさんのニュースをみていて、くうちゃんは言った。
「みんなもっとちゃんとひきこもった方がいいよ。
まあ、僕はだいぶ前からひきこもりだけどね 🙂 」
ちょっと面白かった 😀

くうちゃんには、不登校やひきこもりって言葉にマイナスイメージはない。
学校へ行かないことも、一日中家の中で過ごすことも自分で決めたこと。

自分で決める、これ、やっぱり大事。
自分で決めた風じゃだめ。
誰かがこう思ってるから、言われたから、怒られるから、
そんな要素が少しでも入ってることは全然続かない。

自分で決めたことに関しては、くうちゃんはすごい集中力と持続力を発揮する。
自己決定だったのか、自己決定風だったのか、これだけ行動で示してくれると
わかりやすくてとても助かる。

最近くうちゃんは、洗濯物を干してたたむということが
家の中での自分の仕事として位置づけがされた。
一日の中で何度か洗濯物がないか確認するし、
乾いているかどうかの確認も何度もしてる。
たけさんが間違えて干そうものなら
「僕がやるからやらないで!!」と。
少しこだわりが強くでると面倒でもあるけど 😎
これは本気だな、と思った。

やっぱり自己決定って大事。
私自身、つい最近まで自己決定ってなかなかできなかった。
考えていたのは、周りから認められる自分だったり、
色んな知識に基づいてどうかってことだったり、
迷惑かけないようにするにはってことだったり、
こうすべきでしょっていう常識的なことだったり、
みんなが笑顔でいられるようにってことだったり。
自分ってものが抜け落ちて、自分がどうしたいか、
そこにたどり着けない自分がいた。

「本当はこうしたい。でもさ・・・。」のでも部分ばかりが頭の中でいっぱい。

くうちゃんは、「僕はこうしたい。こう在りたい」
その部分しかない。
学校へなんとか行かせようとしていた時、くうちゃんの方向と
私の方向(私に限っては私の心と頭と本心もばらばらのままの方向性)が
全くかみ合わない状態だった。
そりゃ苦しいわけだよなって思う。

不登校だから苦しいんじゃなくて、
頭と心と本音と本心と身体とが、全くつながらなくて
バラバラだったから苦しかったんだと思う。
その時は不登校っていう現象とだけ戦おうとしていたけど、
一番目を向けていかないといけないのは自分自身だったって今になればわかる。

世間的にマイナスイメージのひきこもりや不登校って言う言葉。
くうちゃんにとったら自分を表現するのにたまたまみつけたちょうどいい言葉。
言葉にくっついた私の価値観で子供の行動を決めようとしていた以前の私。
見てあげたいのは、子供の本心。

子供たちには自分で決めた人生を歩んでいってほしいなと思う。
今まで余計なお世話をしすぎた母さとこは強くそう思います。
でも、これからも余計なお世話はすると思うけどね(笑)

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