今日は次男ちーぼーの卒園式でした。
彼はロックだって卒園式を見てて感じました。
卒園証書を受け取って、「卒園うれしー」と声を合わせて言うところで
一人「にゃー!!」って付け加えていたり、
最後パプリカのダンスをみんなでするとこは、
パプリカの曲が嫌いになったので、踊らない。
横の方で、ちょっと合ってるような、全く違うようなダンスをしてる。
退場の時、「大きくなったら○○になりたいです」って一言ずつ言って退場だったんだけど、
ちーぼーが言っていたのは、
「100円たくさんもらってスキャバト(ドラクエのアーケードゲーム)やりたいです」って
着ていく服も、スーツ系断固拒否で半分普段着だし。
すごいわこの子、あっぱれ
一年付き添い登園して、何とか母子分離まで持っていけた長男の時の卒園式とは感じ方が全く違う。
みんなと同じ壇上に並んで立っていることが奇跡のようで泣けていた3年前。
今日はしみじみと大きくなったちーぼーを感じながら、時々笑うしかない感じになった(笑)。
コロナさんの影響で、いつもと違う卒園式。
在園児からは録音されたお祝い音声が流れる。
そして私の泣けるスイッチを度々押してくれたのは担任の先生。
時々うるっとして声を震わせたり、
ピアノを弾く前に人の字を手のひらに書いて飲み込んでいたりした先生。
園児の後に退場した先生が言っていた言葉に一番泣けた。
「もっと大きくなったら、大きくなったみんなと会って話したいです」って。
先生がどれだけ子供たちのことを愛情持って接していてくれたかを感じた
長男が学校へ行かない状況と、うちのことを理解して、ちーぼーの特性も理解して、
きっとすごく考えて接してくれていたと思う。
感謝の気持ちでいっぱいです💕
学校へ行かない選択をした親の先は長い。
学校へ任せている部分が親の責任として乗っかってくる感覚。
学校へ行くかどうかはちーぼー決めることだけど、
何となく親としての覚悟を認識させられた今日だった。
ただ、少し以前と違うのは、
くうちゃんが学校へ行かないと選択した時に感じていたことと、今感じる親としての感覚。
くうちゃんが学校へ行かないって決めたときは、
これから私が親として、勉強をみたり、社会に出られるようにしていかなければとか、
何とか幸せな方向に導いていってあげなきゃ、自分の好きをとことん見つけてあげなきゃとか、
色んなこうしてあげないとって意気込みがあったように思う。
今は、
ただただ私の生き方を見せていく。
そのままの私で子供たちと一緒に過ごしていく。
私が子供にできることはそれくらいだって思う。
子供たちが何をしていても、どんな選択をしていても、
私はいつもそばにいるよ。
そんな感じ。
大きくなったね、ちーぼー
ひょうきんで甘えん坊で、こだわりも意思も強くって、
でもすぐ泣いちゃって。
ほんとにかわいい。
ちーぼーの行動にイライラすることももちろんあるけど、
大好きだよ、ちーぼー
産まれて来てくれて、私をお母さんに選んでくれて本当にありがとう