本当の癒し。エックハルトトール。

「なにかを要求したり願うということは現状に対し抵抗していることになるのではないでしょうか。どのように現状と和解したらいいのでしょうか。」という良い質問をいただきました。

富や繁栄を求めるという要求もエゴであり、愛する人を癒したいという要求も現状への不満を感じているエゴであり、宇宙に対する抵抗になるのではないかという疑問でした。

「富を求めること」から考えてみましょう。

もしあなたがもっと富を求めるというなら、それは正しい方法ではありません。

なぜなら、要求はあなたがそれを持っていないことを示しているからです。

正しいアプローチは、今この瞬間の中へ深く入っていくことです。

そこには、「満たされた命」「人生の富」とイエスが呼んだ世界が広がっています。

イエスはかつて、あなたがたに満たされた人生を送ってもらいたいと言いました。

それは何のことについて話しているのでしょうか?

物質的な富のことでしょうか。

「私はあなたたちにもっとたくさんのものを買ってもらいたい。富を持てるように大きなショッピングモールを造ってもらいたい。」とイエスは言っているのでしょうか。

違いますよね。

彼は、ショッピングモールやたくさん買うことについて言っているのではありません。

彼は意識の状態について話していました。

意識の中では何物も損なわれていない、という次元の気づきのことです。

意識の中ではあなたはすでに全く完全な状態、それがあなたの本質です。

そのような気づきの状態にあるとき、あなたは今ここに満たされた人生という感覚を感じることができます。

人生の富とはあなたの本質から切り離すことのできないものです。

人生の富とはなんなのかもっと知りたいとおっしゃいますか?

人生の富とはそれ自体が意識であり、その意識からすべてが生み出されています。

わたしは今、宇宙が生まれるまえからずっとある意識の話をしています。

ビッグバンの前には何があったのでしょうか?

科学者は誰も答えることができません。

ビッグバンの前には意識がありました。

ビッグバンは数十億年前にあったと言われていますが、ビッグバンよりも前からあった意識は今あなたの中にあります。

すべての人の中にあります。

なぜでしょう?

なぜならあなたは宇宙全体であり宇宙のすべての歴史が包含された小さな宇宙だからです。

あなたがこの世界で何かすごいことを成し遂げ成功したとしても、それほど重要なことではありません。

成功や名声は意識であるあなたから生まれるものだからです。

あなたから生まれあなたへと帰っていきます。

あなたが作り出したものはすべて、それほど長く持ちません。

今ここの深い世界では、あなたを満たすためのすべての源があることが分かります。

そして、「この世界は自分を満たすための世界である」という見方をもうしなくなります。

このとき、あなたは人生が最初から満たされていたことに気づいています。

もし、あなたがとても不愉快な世界に住んでいて、もっと楽しいところで住みたいと思っていたとします。

人生が最初から満たされていたことに気付いていると、満たされた人生の力を使って、住みたいと思っていた場所のイメージができるようになり、実際そんな場所を作り出すことができるようになります。

あなたは最初からそれを持っていたという感覚を覚えます。

何を望んだとしても、もはや望まなくなります。

すべては宇宙の前からあった意識に包まれており、欲しいものはすでにそこにあった、という感覚になります。

イエスが「何かを求めて願うとき、それを受け取ったと思って願いなさい。」と言った意味はそこにあります。

イエスは、「それを受け取るだろうと信じなさい」とは言いませんでした。

「すでに受け取っていると信じなさい」と言いました。

なので、何か欲しいものを受け取ったとき、「やったぁ!ついに手に入れた!大事にしなきゃ!」と叫ばないようにしてください。

それだと直ちに恐怖を連れてきます。

そして、すぐに失います。

そうではなくて、「あぁ、いいねぇ」とシンプルに言ってください。

手に入れたものは最初からあったので自分を満たすために手に入れる必要はなかったのです。

さて、「誰かを癒したい」という願いについてはどうでしょうか。

やはり、要求するのはアプローチが違います。

誰かを癒したいという要求やそのような癒しの方法は、深い世界にあるものとは違います。

私がさきほど言いました世界、満たされていて、完全であり、全体である世界に、行ってみる必要があります。

その世界を体験すると、あなたの作り出す宇宙の中にその人がいるというイメージを持つようになります。

その宇宙では、あなた自身が全体であり、その人自身も全体となっています。

癒す癒されるの関係はそのとき成立しなくなっています。

全体に気づいたあなた自身の中にその人がいるというイメージがあるとき、あなたは基本的にその人はすでに全体であり完全であり癒しが必要のないレベルで癒されているということを、概念や言葉を超えて受け入れています。

癒しが適切であれば、その人は癒しを体験するでしょう。

でも、それを求めないでください。

あなたはその人の本質に気づきました。

あなたは、その人が悩んでいる表面的な状況に意識を向けることはしません。

神やあなたの意識に「お願いします、苦悩を取り除いてください。」と求めなくなります。

要求するのは違います。

それよりも、どんな状況にも影響を受けない全体である深い場所へ行く必要があります。

それが本当の癒しです。

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