僕を動かすのは僕だよ

登校が始まった今日。
ちーぼーは結局、今日は学校へ行かないを選択した。

昨夜から行きたくない訴えが始まった。
泣きながら、
「学校つまらないってもうわかってるもん。
もう判断できるもん。
いじわるな子もいるもん。」
って。

「行きたくない気持ちもわかるけど、
まだ学校の楽しさつまらなさも何もわからないんじゃないの?
友達もこれから増えるよ?」

「保育園の時からわかってたもん。
あそこ、つまらないよ。
朝行ってからやらなきゃいけないこととかも面倒だもん。」

そんなやりとりをして、連れていったところで何にもならないなと感じて
行かないことにした。

ここで私が感じたこと。
私にちーぼーをコントロールしようという感情が出たなって。
私にしたら、人数が少なくて、短時間で、
朝も一緒に歩いて送っていける今の状況は、
ちーぼーにとってはいい状況だと思った。
だから学校に行ってみてほしいって思った。
行くか行かないか判断できる材料が今は足りないと思ってるから。
そして、その通りに動いてくれないだろうちーぼーを感じて
私の中にある複雑な感情がぐるぐる動き出した。

学校には行っても行かなくてもいいし、
決めるのはちーぼー。
それはいい。
でも、私には子どもの遊び相手にはなりきれない。
日常の中で遊びも学びも十分に環境を整えてあげられないんじゃないかな。

私の中にそういう罪悪感や、親の責任みたいな価値観がちらちらする。

そして、その会話の時にいなかったたけさん。
何も知らずに今朝行かないちーぼーを見て、
学校何時からなの?って聞いてきたたけさんにもいらだちを覚えた。
そして、一人でくうちゃんの不登校と戦っていた時の気持ちがフラッシュバックする。

子どもたちのおかげで
たくさんの気づきもあって、だいぶ自分自身も緩んで、
方向性も気持ちも落ち着いたと思っても、
以前感じてた複雑な気持ちは、正直今も奥の方であるのを感じる。

知らず知らずのうちに、
私は子どものコントローラーを奪って
子どもの人生を私が操作しようとしている時があると思う。
今日はそんな自分と、それをしていた自分の後悔を感じた。

上手くコントロールできるようにという気持ちから、
コントローラーを奪って変わりに操縦をしておいて、
その状態に慣れて主体性を失った子どもに、
いきなり主体的に動けと言っても無理な話。
学校の教育も、同じようなことが起こってるような気がする。

持ってるコントローラーは、
自分で操作しなきゃ、うまく操作できるようにならない。

ちーぼーの訴えは、
「僕を動かすのは、僕なんだからね」
それを確認させられるものなような気がした。

コントローラーは奪わずに、横で見守って、
体験できるステージを、人生の楽しいゲームの材料を
渡せたらいいなと思った。
自分でそれも、どんどん見つけて発掘していくんだろうけど。

子どもたちはそんなことも考えずに、
ただ、今を楽しんでいるだけだとも思うけど。

私は子どもたちに何ができるかな。

そんなことも考えて、
ぐるぐるになってることに気づいて、考えるのをやめた。

大好きだよ、愛してるよ。
ただそれが伝わればいいかって。

それしかないかって。

色々が邪魔しちゃって、うまく変換されなくて、
大好き、愛してるよって伝わらないことが多いんだよな~。
不器用だな、ホント。

そんなわけで、今日は、
素直に大好き、愛してるって言えるアイテムをプレゼントします✨
自分で動かすゲームの世界がうまく操作できますように✨

最後まで読んでくださってありがとう💕

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